フィギュアスケート
3A…今は浅田選手の代名詞のようになってますが
伊藤みどりさんの3Aは、凄かったですよね。
当時のみどりサンは、浅田選手のように
『ショートに3Aを入れよう』とか、
『フリーに2回、3Aを入れよう』
などとは思わなかったのでしょうか?
フリーの後半に3Aを跳ぶぐらいの爆発力がある、みどりサンなら
出来ていたんじゃないかなぁと
思いました。
まず当時はSPでジャンプ3回ではなかった。OSP(オリジナルセットパターン)でも跳んでましたよ。
オリンピック(このころはもうSPになってたんですかね?)でもアルベールビルに入ってから全然跳べなくなったんで3Lzに替えましたけど、本来3Aの予定でした。
3Lzもリッポンではないけど、両手を挙げたり、差別化をはかってました。
NHK杯だかどっかでショートに入れてましたよ。当時はグランプリシリーズ発足前ですからISUの公式記録とはされていませんけどね。
ショートに入れたのはトーニャハーディングがたしか先だったけど。スケートアメリカだったかな。これももちろんグランプリシリーズ前。
SPにトリプルアクセルは入れていました。
LPに2回入れても減点方式の採点ですから、失敗しては元も子もありません。6種7トリプルを入れれば間違いなくLPでは1位につける力だったので入れる意味もなかったかと。
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